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 現在、農薬の藻類に対する影響を調べる試験では、農薬を72時間曝露させて藻類の培養試験を行い、コントロール試験の増殖速度に対する阻害率を計算して、EC50やNOECなどを評価するものになっています。ところが、実際の河川水中では、水稲用除草剤であれば水稲作付期に大体1か月ほどの緩やかなピーク状の濃度変化が見られます。本来であれば、このような農薬濃度の時間的な変動下における、藻類の一時的な影響とその後の回復性を評価する必要がありますが、そのような評価方法が確立されていません。現時点では、実際の曝露状況と試験法に大きなギャップがある状態なのです。

 藻類の個体群動態は増殖と死亡で記述することができます(図1)。農薬の影響が藻類の増殖を阻害しているだけ(Algistatic effect)なら、農薬の曝露がなくなれば速やかに回復が見込まれます。逆に、農薬の影響が藻類細胞に対する致死的な影響(Algicidal effect)なら、農薬の曝露がなくなっても回復できません。また、農薬の取り込みや体内での消失などの体内動態もまた、影響の出る速さや回復の速さなどに影響すると考えられます。すなわち、取り込みや消失が遅いものは時間的に後から影響が出てきて、曝露がなくなった後の回復が遅いことになります。化学物質の毒性に関わる取り込みや排出などの体内動態はToxicokineticsと呼ばれています。時間変動化における農薬の影響はこのToxicokineticsの考慮が必要となるでしょう。

藻類の個体群動態に対する農薬の影響の概念図
図1.藻類の個体群動態に対する農薬の影響の概念図

 本研究では、まず藻類を用いた新しい影響評価法を開発し、増殖阻害と致死率の用量反応関係を別々に求める方法を開発しました。また、一時的な曝露からの回復性試験を実施し、農薬の影響の種類(増殖阻害か致死か)と回復性との関係を調べました。さらに、そこから、toxicokineticsを導入した藻類個体群動態モデルを構築して、農薬の濃度変動下における藻類の個体群影響を評価する手法を開発します。




 藻類の細胞が生きているか死んでいるかは見た目では判断ができません。そこで、蛍光色素を使って染め分ける方法が発達してきました(図2)。生細胞のみを染める色素や視細胞の身を染める色素が各種開発されて市販されています。複数種類の色素を試した結果、SYTOX-Greenという色素が対象とする藻類(Pseudokirchneriella subcapitata)に対する生死判定に向いていると判断しました。死んだ細胞は細胞膜構造が変化しますが、SYTOX-Greenは、死んだ細胞の膜構造を通過して細胞内DNAに結合し、緑色蛍光を発する色素です。フローサイトメーターという機器を用いて、一つ一つの藻類細胞の蛍光強度を測定し、緑色蛍光の強さによって、生死を判定します。

蛍光色素による細胞生死判定
図2.蛍光色素による細胞生死判定

 藻類の培養実験を行い、藻類を殺して固定するための薬品(グルタルアルデヒド)を添加した場合と比較すると、最初はほとんどの細胞が生きていたのに対し、72時間後に明確に生死が分かれていることがわかります(図3)。

フローサイトメーターによるドットプロット
図3.フローサイトメーターによるドットプロット。1点が1細胞を示し、縦軸は葉緑体のクロロフィルaによる赤色蛍光、横軸はSYTOX-Greenの緑色蛍光の強度を示す。図中の線のように、生細胞、死細胞、ノイズの領域を指定することで、分別して藻類細胞をカウントすることができる。

 次に、4種類の除草剤:プレチラクロール、ベンスルフロンメチル、ペントキサゾン、キノクラミンを用いて、72時間の曝露実験を行いました。実験に用いた最大濃度における生死判定結果を図4に示します。ベンスルフロンメチルはほとんど致死性がなく、プレチラクロールは若干の致死的影響があり、ペントキサゾンとキノクラミンは強い致死性を持っていました。このような毒性の特徴は除草剤の作用機作に依存すると考えられます。

フローサイトメーターによるドットプロット
図4.フローサイトメーターによるドットプロット。除草剤の例。




 増殖阻害と致死率のそれぞれの用量反応関係を計算しました(図5)。結果、ベンスルフロンメチルは致死率に濃度依存性なし、ペントキサゾンは増殖阻害に濃度依存性がありませんでした。プレチラクロールとキノクラミンは増殖阻害と致死率両方について濃度依存的でした。また、ペントキサゾンでは、最初の24時間で致死的影響が出尽くして、その後は生き残った細胞が増殖してくるという時系列変化が見られました。キノクラミンでは、最初の24時間では毒性がほとんど出ず、その後の48時間で毒性でてくるなど、毒性の時系列変化も農薬によって異なっていました。このような毒性の特徴が、一時的な曝露からの回復性に関係してくると考えられます。

増殖阻害と致死率の用量反応関係
図5.増殖阻害と致死率の用量反応関係

 72時間の曝露実験に加えて、曝露後に正常な培地に移植して培養を続ける回復性試験を行いました。結果は表1のとおりで、ペントキサゾンを除いては細胞死の度合いと回復の遅さに関係が見られました。ペントキサゾンは致死性が高いにもかかわらず回復が早い結果となりました。これは、ペントキサゾンは水中での加水分解性が高く、72時間の曝露期間中にほとんどが分解してなくなってしまうこと、さらに疎水性が高いため体内への取り込みが早く毒性が出るのが早いが、体内から抜けるのも早いため速やかに回復するのではと考えられました。キノクラミンは致死性が高いのに加えて、親水性が高いため取り込みが遅く毒性が出るのが遅い、ということが回復が遅い原因と考えられました。

PECと田面水中濃度
表1.PECと田面水中濃度

まとめ:
(1)毒性の特徴(増殖阻害か致死性か)は農薬の特性によって様々である
(2)毒性の特徴を調べるにはSYTOX-Greenを用いた生死判定が有効である
(3)回復性の速さは毒性の特徴に加えて、Toxicokineticsが関係する
(4)Toxicokineticsは農薬の物理化学性と関係がありそう

 実際の河川における曝露の時間変動下における藻類の個体群動態を解析するためには、図1のような個体群動態モデルの構築が必要となります。上記のデータはモデル構築のための重要なデータとなります。




文献1:Nagai T, Ishiahara S, Yokoyama A, Iwafune T (2011)
Effects of four rice paddy herbicides on algal cell viability and the relationship with population recovery
Environmental Toxicology and Chemistry, 30(8), 1898-1905



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