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 重金属は自然由来のほか、多種多様な産業、製品に使用されており、様々なルートで水系に流入します。流入した金属は水生生物にとって必須元素になる部分もありますが、多すぎれば毒性を発現し、水圏の生態系に影響を与えます。そのため金属の生態リスクの評価は重要な課題となります。

 天然水中では金属は多種多様な形態で存在します。存在形態を分別することを「スペシエーション」といいます。または「存在形態」のことをスペシエーションと呼んだりもします。
 天然水中での金属の存在形態のイメージを図1に示します。Meは金属(metal)を表します。フリーイオンのMe2+以外にも、Cl-、OH-、CO32-、SO42-などと結合した無機錯体、水中の溶存有機物の一種であるフミン物質(フミン酸HAとフルボ酸FA)と結合した有機錯体、懸濁物質の表面に吸着した状態、藻類の体内に取り込まれている状態など、様々な状態で存在しています。

天然水中での金属の存在形態の概念図
図1.天然水中での金属の存在形態の概念図。クリックすると拡大。

 なぜ金属スペシエーションが重要かというと、水生生物による金属の生物利用性(Bioavailability)はその存在形態に依存するからです。図2に藻類の例を示しますが、フリーイオンや無機錯体など、無機態の金属はそのまま藻類が取り込むことができますが、水中の溶存有機物と錯形成したものはそのまま取り込むことができません。よって生物への影響の程度はトータルの濃度ではなく、無機態の金属濃度に依存します。このような考え方をFree Ion Activity Model(FIAM)といいます。

Free Ion Activity Model (FIAM)
図2.Free Ion Activity Model (FIAM)。クリックすると拡大。

 このFIAMを証明するデータはこれまで数多く報告されています。その多くはトータルの金属濃度は固定し、金属と強力に錯形成するEDTAなどの有機キレーター濃度を変化させ、フリーイオン濃度を調節し、生物への影響を調べるものです。
Me2+ + EDTA ⇔ MeEDTA
のような反応が起り、フリーイオン濃度が減少するにつれて毒性が減少する現象が見られます。

フリーイオンモデルの詳細とその例外については、
Metal Speciation and Bioavailability in Aquatic Systems (1995) Eds: A. Tessier and D. R. Turner
という本の
Campbell PGC, Interactions between trace metals and aquatic organisms: A critique of the Free-ion Activity Model. pp. 45-102.
に詳しくでています。ここにでているフリーイオンモデルの例外を挙げると、
1.Lipophilic (親油性) 錯体は重金属の取り込みを促進する。DiethyldithiocarbamateとCd(対象はミジンコ), OxineとCu(対象は藻類)などでフリーイオン濃度に関係なく取り込みが促進されている。
2.Alのサケへの影響について、フッ素イオンの量によってフリーイオン濃度と毒性の関係が変わってくる。Alのフッ化物が直接サケのえらに結合していて、その平衡関係がフリーイオンと異なるためだと考えられる。
3.Cuのエビに対するLC50値(半数致死濃度)は、Cu-NTA系ではフリーイオン濃度に基づいたものであったが、Cu-glycine系ではそうではなく、Cu-glycine錯体もある程度毒性に影響していた。アミノ酸とCaの結合によるフリーのCa濃度の減少はわずかであり説明がつかない。金属-アミノ酸錯体は安定度定数が低いのでおそらくkineticな要因によるものだろう。
 このような例外はありますが、金属の生物利用性を考える上でFIAMは現在でも基本的な考え方として重要になります。

 次に、金属の毒性メカニズム(動物)を以下に挙げます。魚、甲殻類に対する急性毒性のメカニズムは、まずえらの表面または内部に重金属イオン(Me2+)が吸着し、えらからのCa2+の取込みが阻害され、血液中のCaが致死レベルまで減少することによる、と考えられています。また、慢性毒性のメカニズムは、急性毒性と同じようにえらに重金属イオンが吸着し、ナトリウムやカルシウムの取り込みを阻害するというものと、えらを通して重金属が血液に取込まれ、それが体内のいずれかの組織、器官に到達してダメージを及ぼす、というものの複合的な影響であると考えられています。
 急性毒性はえら表面に吸着する重金属の量が重要になり、その吸着量はえら表面の金属結合サイト(Biotic Ligand)における、金属イオンと水素イオンやカルシウムイオンの競合によって決まる、という考え方がBiotic Ligand Modelです(図3)。

Biotic Ligand Model (BLM)
図3.Biotic Ligand Model (BLM)。クリックすると拡大。

 このモデルによって、様々な条件での毒性試験結果を説明することができます。
●pHが上昇すると、LC50値も上昇する
 pHが上昇すると、水素イオン濃度が減少し、水中の溶存有機物(L)と結合する水素の量も減少します。その代わりに金属とLの結合量が増えるため金属のフリーイオン濃度が減少し、毒性が下がります。
●硬度が上昇すると、LC50値も上昇する
 硬度が上昇すると、えら表面に結合するカルシウム量が増えるので、金属のえら表面への結合量が減少します。その結果毒性は下がります。
●溶存有機物(L)濃度が上昇すると、LC50値も上昇する
 溶存有機物濃度が上昇すると、金属とLとの結合量が増えるため、金属のフリーイオン濃度が減少し、毒性が下がります。

 このように、金属の生態リスクを評価するうえでは、金属スペシエーションを考慮することが大変重要になります。




永井孝志 (2011)
環境水中重金属のスペシエーションと生物利用性
日本環境毒性学会誌, 14(1), 13-23



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